クラスに一人はいた”米津玄師”

大人しい子。
目立たない子。
運動は苦手。
勉強はできる?
でも、ルックスは悪くないよね。
得意なものって、あるのかな。

“米津玄師”は今、日本で最も有名なアーティストになった。

DTMと”ハチ”

“米津玄師”のルーツは、DTMだ
デスク・トップ・ミュージック、いわゆる「打ち込み」というもので、最近のものならもう生楽器と区別がつかないほど精工でリアルなサウンドが作れてしまう。

“米津玄師”は自身でバンド経験もありながら「あまり人と関わると我が出て上手くいかない」という理由から、一人でDTM作業をしていることが多くなる。
ただそれが中学生の頃だというから天才肌だ。
そうして彼は”ハチ”という名で、ネット上で音楽を配信し始める。

しかし、一度はアップした楽曲達を非公開にしたり、彼の中には葛藤(作品に対する音楽的な)があった。
人と関わると我が出るだけでなく、作品を人に聴かせることに対してさえ、彼の中には一種の嫌悪(劣等感に近く)が生まれた。
きっと今にしてみればそれは誰よりも高い向上心であったと言えるが、当時の少年のその心は計り知れるものではない。
まして今、あまりにも高い音楽を作り出せる力を持ったのだから、余計に。

ボーカロイドPから、生身のアーティストへ

彼の夢の掴み方は、少し変わっていた。
いわば表舞台に出て、アーティストとしての成功を夢見る人。
あるいは裏方として、クリエイターとしての成功を夢見る人。
“ハチ”として、DTMそして”初音ミク”を用いて楽曲を配信していた彼は”米津玄師”と変わり、自ら公の場へ躍り出たのだ。

”米津玄師”、この名前で自身をボーカリストとした。
ケースとしてかなり珍しい。
作曲家、ましてボーカロイドでの楽曲制作者がボーカリストになるなんて、まるで辻褄が合っていない。
しかし本人はボーカロイドを後に「自分の隠れ蓑だった」とも語っている。
それは”米津玄師”自身が、作曲、ボーカロイド、ボーカリストという道を順序と見たからであって、それらは優劣の付く肩書ではないにしろ、彼の中にアーティストとは何かという持論・結論はすでにあったと言える。
簡単に言うと、本当は自分で歌いたい、そういうことだった。
隠れ蓑と例えたのはボーカロイドのことではなく、前に出て自分で自分の歌をうたうのが本流だと考える彼にとってのボーカロイドのことであるから、誰も勘違いするべきではないと思う。
(批判があるかどうかは知らず…)

“米津玄師”として

“米津玄師”はこの名義でアルバム『diorama』『YANKEE』『Bremen』『BOOTLEG』を今までにリリース。
『BOOTLEG』に至っては、実に16もの国内チャートで1位を獲得。
“DAOKO”とコラボし、映画『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』主題歌となった作品『打上花火』のMVは、誰もが一度は目にしたはず。

https://youtu.be/-tKVN2mAKRI

一つの成功例”米津玄師”

今更だが名前は本名だ。
“米津玄師”は、自分のことを特に隠しもしないし、かといってしつこく主張もしてこなかった。
合わないと思ったからバンドを辞め、DTMに熱中し、良いと思ったから世に出た。
アーティストにとってそのスタンスは意外と難しく、一般の人にとっては難しくない。
彼は別にイラストの普及がこれほど身近になる時代を先読みしていたわけはない。
前髪を伸ばすのが主流になることも知った事ではなかったし、インドアな性格がマジョリティになるとも思っていなかった。
名前だってそう、彼が自分でつけたわけでもないのだ。
彼のような人は世の中にごまんといて、その実アーティストとなった人は彼ひとりだっただけ、ただそれだけの話なのだ。

次の時代へ

きっとこれから”米津玄師”を意識したアーティストが多く出て来るだろう。
今まで、シーンで活躍しトップとされたアーティストの後には、インスパイアされたことが見て取れるほどのアーティストが多く続いた。
良く言えばインスパイア、リスペクト。
悪く言えばモノマネ、二番煎じ、というものだ。

有名な誰かに影響を受け、表現は古いが擦り切れるほど聴いた人が後にアーティストを目指すとして、まるでそれまで憧れだった存在が呪いのように離れなくなることはある。
意識してもつい歌い方や楽曲が似てしまうのなら、もう手遅れだろう。
誰の名前も出せないが、これはもうビートルズの時代から続いているただの失敗の歴史なのである。

“米津玄師”は「他人と同じことをしない」というスタンスで今の栄光を掴んだ。
次の時代にどんな音楽が流行るのか、確かなことはわからないがしかし、今現在ヒットチャートのトップにいる誰かに似ているアーティストではない、ということだけは確かである。

彼のようにいつしか時代の中心となるアーティストは今、どこか上の空で、何を考えているかわからない、そして目立たない、クラスに一人はいるあの子、かもしれない。

米津玄師のリリース歴【シングル・アルバム】

2010/02/07 自主製作CD『花束と水葬』
2010/07/19 自主製作CD『ワンダーランドと羊の歌』
2010/11/14 自主製作CD『OFFICIAL ORANGE』
2012/05/16 album『diorama』(インディーズ)
2013/05/29 single『サンタマリア』
2013/10/23 single『MAD HEAD LOVE/ポッピンアパシー』
2013/10/23 album『花束と水葬』※
2013/10/23 album『OFFICIAL ORANGE』※
2014/04/23 album『YANKEE』
2015/01/14 single『Flowerwall』
2015/09/02 single『アンビリーバーズ』
2015/10/07 album『Bremen』
2016/09/28 single『LOSER/ナンバーナイン』
2017/02/15 single『orion』
2017/06/21 single『ピースサイン』
2017/07/05 album『diorama』※
2017/11/01 album『BOOTLEG』
2018/03/14 single『Lemon』

※ 自主製作CD『花束と水葬』『OFFICIAL ORANGE』は2013年10月23日に復刻し、再リリース。
※インディーズリリースの『diorama』は2017年7月5日に復刻し、再リリース。

関連サイト

米津玄師公式サイト
http://reissuerecords.net/


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